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中村遊郭周囲の水路に架けられていた橋の親柱 中村遊郭周囲の水路に架けられていた橋の親柱。花崗岩製で、側面に「大正十年三月」と刻まれている。大正10年(1921)は、大須地区にあった旭郭が中村地区に移転するために土地の造成が始まった年である。かつての水路は暗渠となり細い道となっている。 -
名古屋第一赤十字病院旧本館玄関 1937年(昭和12)に開院した日本赤十字社愛知支部病院の本館の玄関部分。 -
絵はがき 名驛西郊 (名古屋花壇)附属料亭香露園 かつて名古屋花壇(中村パラダイス)にあった料亭を撮影した絵はがき。木で囲まれた砂利道の奥に、日本風の家屋がのぞいている。 附属料亭とあるが、名古屋花壇(中村パラダイス)の新築工事平面図には香露園、あるいはそのような料亭と思われる建造物は見られず、その正確な場所は不明。 名古屋花壇の絵はがきの包み紙には、内側に香露園の広告が記されている。 「感じのいゝ皆様の御別荘 名古屋花壇附属 香露園 電西二二二一番」 -
絵はがき 名驛西郊 (名古屋花壇)屋内大運動場 かつて名古屋花壇(中村パラダイス)にあった屋内運動場を撮影した絵はがき。名古屋花壇(中村パラダイス)の新設工事平面図に従って建設が行われたのであれば、正面玄関に隣接し、敷地内の北東側にあたるエリアに位置していたようだ。 体育館のような空間に、ブランコや滑り台などの遊具が設置されている。床は全体が板張りで、大きく開放的な窓が印象的である。 写真には親子連れと思われる人々が多く写っており、この施設は比較的幼い児童をメインターゲットにしていたことが伺える。 -
絵はがき 名驛西郊 (名古屋花壇)大食堂 かつての名古屋花壇内部にあった大食堂の画像。宛名面から1918年から1932年の間に発行されたものであることが予想される。 柱に貼ってあるメニューや机の上に置かれたメニューたてなどからケーキやお茶、ビールなども提供されていたことがわかる。 -
絵はがき 名驛西郊 (名古屋花壇)場内装飾の一部 かつての名古屋花壇で場内装飾を撮影したもの。 造花だと思われる桜の木と桜の絵が描かれたぼんぼりが屋内に設置されている。背景には名古屋城が描かれている。 -
絵はがき 名驛西郊(名古屋花壇)外観正面 名古屋市中村区にあった複合娯楽施設『名古屋花壇』の正面外観の写真がついた絵はがき。演芸場や映画館、屋内運動場や大食堂、メリーゴーランドなどが備え付けられ、ファミリー層がターゲットとなった。また、銭湯も備え付けられ、周辺にあった中村遊郭の客に朝風呂を提供する狙いもあった。別名『中村温泉パラダイス』。 建物内ののぼりには『美顔術無料実演』と書かれていて、女性向けのサービスも展開していたことが窺える。また、写真右側には神社らしきものが設置されている。 右側のバスの行き先には『名古屋花壇』と書かれており、直通のバスがあったこともわかる。 -
絵はがき 名驛西郊 (名古屋花壇)大浴場 かつて名古屋花壇(中村パラダイス)にあった大浴場を撮影した絵はがき。写真は男性大浴場の様子であると思われ、敷地内の北西エリアに女性大浴場と対になるような形で建てられていたようだ。 円形の大きな浴槽で、男性らがくつろいでいる様子が写真におさめられている。壁や窓などの様子から、浴場そのものも部分的に円形であることがうかがえる。 -
絵はがき 名驛西郊 (名古屋花壇)大余興場 かつての名古屋花壇(中村パラダイス)の大余興場を撮影した絵はがき。6人の女性が傘を用いたパフォーマンスを行っており、場内は見物の客で埋まっている。 女性らの持つ傘や舞台には「美顔の素」と書かれている。「美顔の素」という名称は他の絵はがきにもみられるが、何を表すかは不明。披露されている演目名か、女性らのグループ名か、はたまたそのような名称の商品の広告かもしれない。 -
絵はがき 中村公園豊国神社前大鳥居 中村公園参道にある大鳥居を撮影した絵はがき。表面の形式から1933年から1944年の間に作成されたものであると考えられる。この大鳥居は、中村公園から南に伸びる参道が太閤通りと交差する交差点に建設されている。1929年(昭和4)に完成したものである。1921年に愛知郡中村が名古屋市に合併したことを記念して、旧中村村民が奉納したものである。名古屋高等工業学校の土屋純一が設計した鉄筋コンクリート造のもので、大林組が施工した。写真をみると参道を軌道が走っている。これは、名古屋土地株式会社が敷設したもので、後に中村電気軌道が運営していたものである。 -
有松山車会館 有松祭で巡行する山車を保管・展示する施設。
